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大阪高等裁判所 昭和62年(う)1115号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人西村忠行、同渡部吉泰、同吉井正明連名作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

第一控訴趣意第一(法令適用の誤りの主張その一・公訴時効に関する原判決の判断の誤りの主張)について

論旨は、原判示第一(出入国管理及び難民認定法違反の罪、以下、入管法違反の罪という。)及び同第二(外国人登録法違反の罪、以下、外登法違反の罪という。)とも公訴時効が完成しており、免訴の言い渡しがなされるべきであるのに、右各罪につき被告人を有罪とした原判決は、公訴時効に関する判断を誤った結果法令の適用を誤ったものである。すなわち

一  原判示第一の入管法違反の罪(不法残留の罪)について

原判決は、「在留期間を超えて本邦に留まっていること自体が、同法の予定した犯罪に該ると解される。」との理由で、これを継続犯と解したが、不法残留の罪の期間は、所定の期間を超えては在留できないことを明確にし、右期間内に出国しなければならない旨定めたものであり、その構成要件は実行行為そのものが一定の期間の経過を予定していないから、所定の期間を経過することによって直ちに犯罪が成立し、実行行為も終了するものと解すべきである。不法入国の罪(入管法七〇条一号違反の罪)も構成要件上、入国後不法に本邦に在留する違法状態が予定されているのに、これを状態犯とすることは判例も認めているところ、不法入国の罪も不法残留の罪も、結局は出入国の公正な管理という同じ法益の保護を目的とするものであるから、前者を状態犯として時効が進行し、後者を継続犯として時効が進行しないというような不均衡な結果をきたす解釈は誤っている。

二  原判示第二の外登法違反の罪(登録不申請の罪)について

原判決は、外登法三条一項の期間を猶予期間と解し、外登法一八条一項一号、昭和五五年法律第六四号外登法の一部を改正する法律附則二項により同法による改正前の外登法三条一項違反の罪は、外国人が申請期間内に新規登録申請をしないで、所定期間を超えて本邦に在留することを犯罪内容としているから、真正不作為犯と解されるところ、同条の申請義務は、申請期間の経過によって消滅することなく、(もしかように解しなければ、申請期間を超えて本邦に在留する外国人については公正な管理という立法目的を達し難いことになろう。)申請義務の存続する間は犯罪の継続する継続犯と解されるから、当該外国人が右申請義務を履行したとき等右申請義務が消滅した時点において、はじめて公訴時効が進行を開始すると考えられる、と判示したが、日本に在留する外国人はその在留資格に応じて在留期間が定められているところ、同条項で定められている六〇日(前記昭和五五年法律第六四号により同年一〇月一日から九〇日に改正)の期間は観光目的で入国する者の在留期間に対応している。このことは観光目的で入国する者のように在留期間が六〇日(九〇日)を超えない短期間滞在する者は登録申請義務がないことを明確にしたものであり、現にそのように運用されている。したがって、右期間を超えて在留する場合に登録義務あることを明確にしたものであって、右期間の徒過により既遂に達し、時効が進行するものといわなければならない。

次に、原判決のように同条項の期間を猶予期間と解しても、行政手続上登録義務が継続していることと、実行行為が継続することは別個であり、原判決は従前の判例と同様行政目的と実行行為の解釈を混同している、というのである。

しかしながら、原判示第一及び第二の罪がいずれも継続犯であり、右各罪につき公訴時効が完成していないとして被告人を有罪とした原判決の判断は正当である。以下、所論にかんがみ検討する。

まず、一 不法残留の罪について考えてみるのに、入管法七〇条五号は「在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して本邦に残留する者」と規定しているところ、右は本邦に入国した者に対する我が国の公正な管理(法益)を侵害するものとして、所定の在留期間を経過してなお本邦に残留する外国人の残留行為自体を違法な行為として処罰対象とするものであるから、在留期間を経過したとき既遂に達するが、右残留が継続している限り同条項違反の罪が継続しているとみるべきである。所論は、入管法七〇条一号の不法入国の犯罪が状態犯であることとの均衡を云々するが、同条項が不法入国の行為そのものを直接処罰の対象としていることはその規定に照らし明らかである。所論の指摘するように、本邦に入国した者に対する我が国の公正管理を損なう点では、不法入国者がその後本邦に不法に残留した場合と所定期間経過後の不法残留者の場合と径庭はないというべきであるが、右各条項の構成要件が処罰対象とした行為態様に照らせば、前者を状態犯とし、後者を継続犯と解して何ら不自然ではない。所論は、不法残留の罪についてその構成要件は実行行為そのものが一定の期間の経過を予定していない。また不法入国の罪は構成要件上入国後の不法残留を予定している、というが、独自の見解というべきである。また、弁護人は、弁論において、同じ法益保護を目的とするのに、不法入国者の場合を状態犯とし、不法残留者の場合を継続犯とする解釈は、憲法一四条に違反する、というが、保護法益が同じであっても、その立法目的に照らし、処罰対象とした行為態様に応じ、一方を状態犯とし、一方を継続犯と解することが格別不合理な差別をもたらすものとはいえない。

次に、二 外登法違反の罪について考えてみるのに、同法一条の目的及び同法三条の規定に照らすと、外国人登録申請は不法入国者であると否とを問わず、本邦に在留するすべての外国人に対し同法に定められた一定の期間内に登録申請をしなければならない義務を一般的に課したものであり、ただその在留資格に応じ右登録申請義務の履行を猶予する期間に差があるに過ぎない、というべきである。したがってその義務は所定の期間の経過をまって消滅するものではなく、当該外国人が本邦に在留する限り、これを履践するまで継続するものであると認めなければならない(最高裁第一小法廷、昭和二八年五月一四日判決、刑集七巻五号一〇二六頁、最高裁第二小法廷、昭和二八年七月三一日判決、刑集七巻七号一六五四頁参照)。所論のいう短期在留者についてもこれを別異に解すべき理由はない。観光目的で入国した者等短期滞在者のほとんどが、所定期間内に登録申請をしないで処罰されることがないのは、同人らに登録申請義務がないからではなく、所定の期間(前示猶予期間)内に出国するから処罰条件が具備しないというに過ぎず、これらの者が所定期間を超えて本邦に在留すれば、外登法一八条一項の「……の期間を超え本邦に在留する者」に該当することは明らかである。したがって短期在留者にはそもそも登録申請義務がない。また行政手続上登録義務が継続していることと実行行為が継続していることとは別個である旨の所論は到底採用し難い。

第二控訴趣意第二(法令適用の誤りの主張その二・実質的違法性に関する原判決の判断の誤りの主張)について

論旨は、被告人の本件各犯罪行為は実質的違法性がないから、その意味で構成要件を充足しておらず、無罪を言い渡すべきであるのに、これを認めて被告人を有罪とした原判決は実質的違法性についての判断を誤った結果法令の適用を誤った違法がある、というのである。

しかしながら、原判決が被告人の経歴及び我が国に留まった動機並びに我が国での生活歴等について詳細認定したうえ、これらの事情については「酌むべき事情なしとはしないものの、違法性の判断は、責任要素の判断と異なり、行為を行為そのものとして評価するもので、一般的に個人的な特殊事情を捨象してなされるのが通常であるし、前記認定の諸事情が仮に違法性に対して何らかの影響を及ぼす余地を認めるとしても本件各行為の実質的違法性を阻却するものとはいえないことは明らかであり」とした認定、判断は相当である。

所論は、実質的違法性がないというのは、行為が一応外観的に犯罪の構成要件を充足しているようにみえても実質的には何ら社会的非難をする価値が存在しない場合であるから、実質的違法性の有無の判断は、当該行為自体の犯罪的無価値と結果の無価値の双方から、すなわち違法性の質と量の両面から総合的に判断されなければならない。個人的特殊事情もそれが行為の質と量の両面を形成するものである限り違法性判断の不可欠の対象となる。したがって、本件各犯罪行為についてその実質的違法性を判断するには、形式犯としての類型的な非実害性とともに保護法益の脆弱性及び法益侵害の無価値、行為の背後にある実質的理由と行為の相当性、動機、被告人の人柄、性格、生活態度等被告人の個人的特殊事情等、さらに世界における人権保障の動向など総合的に把えて判断すべきであり、これらの諸点を総合判断すれば、被告人の原判示各所為には実質的違法性がない、といわなければならない、というので考えてみるのに、行為の違法性は、基本的には法益侵害の結果及び行為態様において社会的相当性を逸脱しているか否かにより判断すべきものであり、さらに所論のいう実質的違法性については各法律における法定刑がどの程度の違法行為を予想しているかということも考慮する必要があると思料されるところ、入管法及び外登法の立法目的並びにそれぞれの法定刑に照らすと、本件における各法益侵害の結果及び各行為態様が実質的違法性を欠くものとは到底いえない。所論の指摘する被告人の個人的特殊事情の存在は本件における違法性の判断に消長を来すものとはいえず、当審証人家正治の供述によって窺われる現代の世界における人権保障の動向を考慮しても右判断は左右されない。

第三控訴趣意第三(法令適用の誤りの主張その三・期待可能性に関する原判決の判断の誤りの主張)について

論旨は、被告人の本件不法残留及び登録不申請の経緯及び動機を考えると、被告人には適法行為に対する期待可能性がなかったのに、これを認めて被告人を有罪とした原判決は期待可能性についての判断を誤った結果法令の適用を誤った違法がある、というのである。

しかしながら、原判決が被告人が我が国に不法残留するに至った経緯について実質的違法性に関する判断の項での認定を踏まえたうえ、本件各違反行為に至った点には同情すべきものがあるが、被告人は入管法上の法務大臣の特別残留許可を得る努力をする等我が国に適法に在留するための尽くすべき手段を十分尽さなかったことが認められるし、当時、被告人が中華民国に強制送還されて重罰に処せられる虞れのある状況下にあったという事情を考え併わせても、他の適法行為に出ることの期待可能性がなかったとはいえないとした認定判断は相当である。

所論は、特別残留許可の申立てには自己が不法残留者であることの申告を含むものであること、同許可を得ることは極めて困難で許可が得られない場合強制送還の道しか残されておらず、外国人登録申請も不法残留の申告を意味し、自己が処罰されることになるから、不法残留者に登録を期待することもできない、というが、特別残留許可を申立てた場合強制送還の道しか残されていないとはいえず、外国人登録申請が不法残留の申告であるともいえないから、所論は採用できず、論旨は理由がない。

第四控訴趣意第四(法令適用の誤りの主張その四・外登法の違憲性に関する原判決の判断の誤りの主張)について

論旨は、原判決は、外登法の違憲性について、憲法上の人種保障規定が類推されることを肯定しつつも、在留外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資する、という外登法の趣旨を指摘したうえ、右趣旨の合理性を肯定して外登法の合憲性を肯定した。しかしながら右判断は以下の理由で不当である。すなわち、外登法により強制される居住、身分関係に関する登録事項は、憲法一三条で保障されたプライバシーの権利の保護対象に含まれる、まさに基本的人権にかかわる問題であるから、日本国民と在留外国人に対する取扱いの差の合理性の判断は①当該法の立法趣旨の合理性の判断のみでなく、②法の規定する制度の合理性、③右趣旨と右制度の合理的関連性が判断されなければならない。原判決は外登法の趣旨の合理性についてのみ判断して、その合理性を肯定し、右②、③の点について判断を示すことなく外登法の合憲性を肯定したが、外登法の右制度の趣旨は、外国人を不当に危険視し、日常的な監視の下に置こうとするものであり、「公正な管理」の具体的意味を明らかにしないまま右趣旨の合理性を肯定した原判決は不当である。仮に右外登法の趣旨の合理性を肯定するにしても、同法は在留外国人に対しては刑罰で臨み、日本国民に対しては行政上の秩序罰で臨んでいるが、そこには何らの合理的理由もないから憲法一四条に違反する。次に右制度と右趣旨との合理的関連性についても、居住関係等の明確化のために、刑罰で臨む必要性のないことは明らかであり、「公正な管理」という言葉は極めて抽象的な慨念であるから、これをもっては右合理的関連性を説明したことにはならず、外登法は、違憲の推定を受ける、というのである。

しかしながら、原判決が(本件の争点に関する判断)の項で「外登法が、本邦に在留する外国人に対し、住居地の市町村の長に対する新規登録の申請義務を課するのは、在留外国人の居住関係及び身分を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資するという合理的な理由が存在し、これと基本的地位を異にする我が国国民を対象とし、住民の居住関係の明確化を図ろうとする住民基本台帳法や戸籍法との間ではその制度の趣旨、目的等を異にするものであって、この取扱いの差異は何ら人種的な差別待遇をする趣旨でないから、憲法一四条に違反するものではなく、かつ外登法一八条一項一号所定の刑罰が住民基本台帳法や戸籍法所定の制裁に較べて重いものであるとしても、これが憲法三六条のいう残虐な刑罰に該らず、同法一三条の趣旨にも反するものでない」とした判断はすべて正当として当裁判所もこれを是認するものであるが、所論にかんがみ若干敷衍すると、不法残留者といえども、その者が本邦で通常の生活を営む以上、同人に対する福祉、教育、徴税その他各種行政機能を適正に遂行するためには、その住居、身分関係を明確に把握する必要があることはいうまでもない(不法在留者にとっても、住居、身分関係を明らかにしないことによって婚姻等の身分関係、経済取引関係等様々な私生活の面で不都合が生ずることも容易に想像しうるところである)。外登法は、右のような公益上の必要から本邦に在留するすべての外国人に登録義務を課し、その住居、身分関係を明確ならしめようとするものであって、右目的達成のため実効性のある必要かつ合理的な制度であるといわなければならない。所論が問題とする外登法一条の「公正な管理に資する」とは、要するに、本邦内に居住する外国人に対する前示諸般の行政事務に関し、その取扱いの適正を期するためというに等しく、外登法の制度の趣旨は外国人を不当に危険視し、日常的な監視の下に置こうとするものである、との見解のもとに「公正な管理」を云々する所論は当を得ないというべきである。また外登法と住民基本台帳法、戸籍法は、ともに人の住居、身分関係を明確ならしめる点において共通する一面を有しているが、これらはもともとその目的、制度の趣旨を異にするものであり、外登法は、我国に在留するすべての外国人に対し人種や社会的身分を問わず、管理に必要な手続を定めたものであり、日本国民との間で人種的な差別待遇をする趣旨に出たものではないから、これが憲法一四条に違反しないことは明らかである。また外登法、住民基本台帳、戸籍法にどのような制裁内容を定めるかは立法機関に委ねられた立法政策の問題であるところ、外登法三条一項、一八条一号に定められた刑罰が住民基本台帳法や戸籍法違反の制裁に比し重いものであっても、右各制度の相異を考えると裁量の範囲を逸脱したものでなく、憲法一四条に違反するものとはいえない(最高裁大法廷、昭和三〇年一二月一四日判決、刑集九巻一三号二七五六頁、最高裁第二小法廷、同三四年七月二四日判決、刑集一三巻八号一二一二頁参照)。

その他所論にかんがみ検討しても、原判決に所論指摘の法令適用の誤りはなく、論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本訴控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用につき同法一八一条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判所裁判官 重富純和 裁判官 川上美明 吉田昭)

〈以下省略〉

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